月新水道企業団の沿革
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月新水道企業団の沿革
月新水道企業団の給水区域は、北海道空知管内西南部に位置する
「月形町
(札比内地区を除く)
」
と北海道石狩管内東北部に位置する
「新篠津村」
となっています。
月形町の水道は、樺戸集治監の専用上水道として、明治19年に丸太を貫いた木管の設置による水道施設の利用から始まり、その後大正8年の樺戸監獄廃監とともに、その水道施設が月形町に引き継がれたことから月形町の水道事業が始まりました。昭和7年に計画給水人口678人、施設能力85立方メートルとして、水源を須部都川支流赤川に求め、やや近代的な水道施設改良が行われました。更に昭和24年に計画給水人口5,000人、施設能力1,125立方メートルとする第1次拡張事業を行い、本格的な水道事業を開始しました。その後は給水人口増加に伴って昭和33年には第2次拡張事業として浄水施設を建設し、計画給水人口6,200人、施設能力1,200立方メートルに変更しました。しかし、水源が小河川であり農業用水との併用で、毎年7月から8月にかけては水不足となり、時間断水を余儀なくされていました。このため町の将来の発展に支障を来すことから、良質で豊富な水源確保が待たれていました。
一方、新篠津村の水道は、簡易水道事業として昭和34年に創設され、水源を石狩川古川伏流水の浅井戸とし、給水人口1,200人、施設能力180立方メートルで給水を開始していました。更には昭和36年に給水地域の拡張を行い、計画給水人口4,700人、施設能力705立方メートルとしましたが、毎年水源が枯渇の状態となり、長時間断水を余儀なくされていました。このため、昭和40年に計画変更を行い、石狩川古川の表流水を水源として浄水場等を新設して給水していましたが、水源が石狩川をせき止めた水であり、例年6月から8月になると水温の上昇とともに多量の水藻により臭気が発生し、飲用に適さないようになったため、代替となる水源を検討していましたが、適当な水源確保ができずに苦慮していました。
このように、両町村が水源の確保に憂慮している中、昭和48年に隣接する両町村で協議し、国が進める広域行政推進という施策に合致する広域水道事業経営をすることにより、事業費の軽減や施設の効率的運営、将来の維持管理等の全ての面で有利であり、かつ長期的に安定した良質で豊富な水源を得られるとの判断から、昭和49年4月に月新水道企業団を設立し、水道事業の経営認可を得て月形町に新たな浄水施設を建設し、昭和51年10月完成、同年11月から月形町と新篠津村に給水を開始して現在に至っています。
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